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2010年06月15日

ナナを捜しに行った日37

星が瞬き始めた。

ミトリはテントの出入り口に腰掛けて、
ぼんやりとしている。
長い一日だった。

電気羊たちはいつもと変わらず、
のろのろと動き回っていた。
彼らは純粋な生命ではない。
人の手によって創り出されたものだ。
けれどその光景は、
この世界の始まりから変わっていないように思えた。

糸巻き棒でランタンに灯りを点し、
炎を間近に眺めた。
鼻先に熱を感じた。
だいだい色の光が縦横に揺れ、
膨らんでは縮んだ。
火はいつかは消える。

何か商売でも始めよう、
と何の前触れもなしに思い立った。
せっかく電気羊がいるのだ。
育てて売るだけではもったいない。

それからミトリは、
羊たちが皆眠りにつくまで、
新しい生活についてあれこれと思いを巡らせた。

(ナナを捜しに行った日・完)


posted by 森山智仁 at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

ナナを捜しに行った日36

「ごめん」
「いえ、何も」
「じゃあ、一緒に来いなんて言えないよね」

陽が暮れかけていた。
サイドミラーがオレンジ色にきらきらと輝いている。
男が車を出した。

今なら呼び止めてついていくこともできる。
男の下でなら、
ナナの為にこの力を使う機会があるかも知れない。
そんな終わり方も思い浮かばないではなかった。

「いつか大切な人ができたら」

あの人からの手紙を思い出した。

さようならになるとしても、
後悔しないように。

しかしミトリの足は、
走りかけて、
止まった。

ナナだろうか?

数少ない友達で、
憬れてもいた。
けれど恋と呼ぶにはあまりにも朧で、
ここで命を張ることは、
命をひどく粗末にすることのような気がした。

ナナはきっとあの長い足で、
この沈みかけた世界を軽やかに走るだろう。
ミトリは心から彼女の無事を祈った。
posted by 森山智仁 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

ナナを捜しに行った日35

「僕は“ニトロ”です」

ミトリの体内には爆弾が埋まっている。
手ぶらを装うことができ、
探知器にも掛からないので、
暗殺やテロによく使われる。

確かに彼の戦いに役立つことはできるだろう。
神でなく、人の意志によるものとは言え、
“生まれた意味”をまっとうすることにもなる。

それに、神も人も大して変わりはしないと、ミトリは考えるようになっていた。

だが男は流石に面食らったようだった。
posted by 森山智仁 at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

ナナを捜しに行った日34

車から降りたミトリを、
男はまっすぐに見つめて言った。

「“四型”だよね?」

人間型の産業生物を指す言葉だった。

「目の感じでわかるんだ。
自分もそうだから」

男は“クローン”なのだという。
同じ姿形、能力の人間があと三人いる。
組織の長を務めるのにはすこぶる便利らしい。
全員が影武者であり本物でもあるというわけだ。

「目を見て、タイプまでわかるんですか?」
「いや、そこまでは。
でも、どんなものでも、
僕なら君の力を活かすことができる」

男は本当にミトリの為に言っているらしかった。
posted by 森山智仁 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

ナナを捜しに行った日33

自分は連れてこられたばかりで、
目覚めた時には脱走が始まっていたということを話すと。
男は「幸運か不運かわからない」と言って笑った。

「あそこは一体何だったんですか」
「色々だよ」

出会って数分だが、
ミトリにはこの男が見た目通り、
実に気持ちの良い人物だとわかった。
思い込もうとはしていない。

「人を動かすには、思想と実利の両方が要る。
だからあいつらも色々やってた。
水蛇の密造は事業の一つに過ぎない」
「悪い奴らだったんですよね」
「そうだね」

男はまたカラリと笑った。

「それだけは間違いない。
どうも僕はそういうのを見過ごせないタチでね。
いい歳して正義の味方が好きなんだ」

車はもう橋の下のすぐ近くまで来ていた。

「君さえ良かったら、
一緒に来てくれないか?」
posted by 森山智仁 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

ナナを捜しに行った日32

男の後について行き、
ジープの助手席に座った。

「さっき撃たれた人は無事なんですか」

会ってすぐに訊かなかったわけを、
ミトリは自覚していた。
あの抱き方は何か普通でなかったからだ。

「さっき?」
「髪の長い女の子です」
「ああ、ナナのことかな」

呼び捨てだった。

「見てたの?」
「はい、上から」
「大丈夫だよ。命に別条はない」
「そうですか」

車は雑木林を走っている。
あたりに人の気配はない。

彼がこの脱走劇の首謀者だろうに、
こんなにのんびりしていていいのだろうか。
異様に落ち着いた様子がミトリは少し癪だった。

「友達なんです」
「彼女が?」
「はい」
「そうだったんだ。
心配ないよ、本当に深刻な傷じゃなかったから」
「ありがとうございます」
「会いに行こうか」
「いえ」

帰ろう、と思った。

「いいです。
お願いします、あの、ナナのこと」

「ナナ」と口に出すのはそれが初めてで、
多分最後だった。
posted by 森山智仁 at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

ナナを捜しに行った日31

屋外へ通じる淡い光の中で、人にぶつかった。
もとい、抱き留められた。

「まだ人がいたか。
確かめに来て良かった」

太い腕がミトリの肩を力強く抱いた。

「もう大丈夫だよ」

陽に焼けた、見事に引き締まった身体だった。
グシャグシャの髪と無精髭がむしろ精悍に見え、
少し茶色がかった瞳には心を預けたくなる深さがある。

ミトリには見覚えがあった。
さっき撃たれたナナを抱いていたのが、この男だ。
posted by 森山智仁 at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

ナナを捜しに行った日30

突然目の前が真っ暗になった。
水蛇に飲まれたのではなく、
比喩でもなく、
ただ部屋の灯りが落ちたのだった。

ミトリは咄嗟にポケットの懐中電灯を点け、
背後に投げると共に、
前へ走り出した。

水蛇の大群が懐中電灯の方へ流れていく気配を感じた。
踏みつけられたものが数匹足などに噛みついてきたが、
構わず走った。

壁際まで来ると扉が開いた。
ミトリはそのまま外へ走り抜けようとした。
posted by 森山智仁 at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

ナナを捜しに行った日29

水棲動物だ。
糸巻き棒ならよく効くだろう。
だが水蛇は部屋中を埋め尽くしている。
自分も感電する危険が高い。

かと言って弾数の限られたカード銃では、
この数は相手にできない。

鎌首をもたげた一匹が、
ゆるゆると近付いてきて、
顔の目の前で大きく口を開いた。
その口内の鮮やかな赤にミトリは思わず見とれた。
posted by 森山智仁 at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

ナナを捜しに行った日28

踏みつけないようにだけ気をつけながら、
水蛇の群れの中をまっすぐに歩いた。
対面の壁に出入り口らしきものが見えた。

足元も天井も延々と動き続けている。
いつ襲いかかられてもおかしくないという緊張と、
風景の歪みとで、
酔ったような気分にさせられた。

混濁した意識の中で、
ミトリは何故自分が水蛇を知っていたのかという点に気付いた。

知識としては知っていたが実際に目にした記憶が無い。
写真を見た覚えも無い。
となれば三つの不確かな思い出の一つ、
異人と出会うより以前の幼い頃、
あの期間に見ていたということになる。

部屋の中央あたりまで来たところで、
突然うねりが停止し、
目の前の一匹が鎌首をもたげた。
posted by 森山智仁 at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『雷羊の日』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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