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2011年05月22日

青年キノア13

剣を引き抜いた。
刃と鞘の擦れる音が響く。

実用には向かぬ、儀式用の刀だ。

女のことは、もういい。
邪魔になるから捨てたかったのだが、ウトゥクに命じられて手放せなかった。
もういいと思っているのに、呪われたようなこの身の重さは、
少なくとも半分はウトゥクのせいだと思えた。
こんな錆びの浮いた“思い出の品”を持たせて、一体俺をどうしようというのか。

しかしどこか、それを当然と感じる部分もあった。
歪な柄がよく手に馴染んでいる。
切っ先がまるで自分の指先のように感じる。

何であれ、彼と戦えばいいのだろう。
出逢わせてくれた。
神の取り計らいには感謝している。

捧げるように、構えた。

ところが、巨狗は襲ってはこず、踵を返して闇の中へ消えた。
キノアは弾かれるように後を追った。
posted by 森山智仁 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

青年キノア12

土の匂い。
濡れた苔の光。
樹々の佇む、無音の音。

懐かしい場所に帰ってきた気がする。
森は故郷のそれによく似ていた。

女主人と顔を合わさぬよう夜明け前に部屋を出たが、
彼女はもう起きて店の外にいた。
しかし特にキノアを止めようとはせず、
黙って一杯の冷たい茶を差し出した。

説得に応じないことはわかっているようだった。
推し量ってではなく、完全にそうと知っているような、不思議な目をしていた。
茶は澄んだ味がした。

森の中をただ歩き続けた。
葉の屋根の向こうで、太陽が昇り、やがて傾いた。

闇の奥から、まるで定められていたかのように、彼は現れた。
巨狗。
全身を包む真白の毛が、彼の動きに合わせて白い炎のように妖しく揺れている。

目線の高さに顔があった。
紅い瞳が、まっすぐにこちらを見つめていた。
posted by 森山智仁 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

青年キノア11

「殺される?
誰にです?」

声が大きい。
女主人はそういう仕草をし、席を立って手招きをした。

歳は自分より一回り上だろう。
子はないのだろうか。
疲れたような目に、近しいものを感じた。

奥の部屋に通された。
水晶や絵札など見慣れない品々が置かれている。

女主人は言った。
「近頃、南の森には魔物が出るのです」
「魔物?」
「人がそう呼んでいるだけなのですが。
恐らく大型の獣でしょう」
「そいつに喰われるということですか?」

「いえ、違います。
あなたは村人に殺されるのです」
断定する言い方だった。
「その魔物はどうやら知恵があるようなのです。
並の罠には掛からず、集団で武装した人間には姿さえ見せません。
そこで、何も知らない旅人を囮にすることにしたのです」

なるほど、よく考えたものだ。
「ずっととどまらなければならないわけではありません。
腕のいい狩人を雇ったそうですから、何日かのうちには退治されるでしょう」
「ご親切にありがとうございます。
しかし、せっかくですがやはり明日には発つことにします」
女主人が目を見開いた。
若い頃は美しかったのかも知れない。

魔物と呼ばれる、獣。
命をぶつけるには相応しい相手と思えた。
posted by 森山智仁 at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

青年キノア10

三日歩いた。
地図に示された場所へも、あと三日ほどの地点まで来た。

小さな村落である。
古い造形の、石づくりの家が多い。
歴史は長いらしい。
今はさびれている。
人は皆、土気色の顔でうろついている。

村の隅にあった雑貨屋風の店で、宿を請うた。
商いをしているのかわからないほど埃だらけだったが、
女主人は快く招き入れてくれた。

彼女は言った。
「どちらまで行かれるのですか」
「南の方へ、人を訪ねに」
「では森へ入られるのですね」
「ええ」
「お急ぎなのですか?」
「いえ、急いではいません」

急ぐ必要もないと思った。
追い出されたのだ。
仮に剣を習って帰っても、歓迎されはしないだろう。

だが預かった手紙を見せれば、とりあえず剣は習える。
用心棒が務まるぐらいのところまで身に付けられれば御の字だ。
アラカチャの下へ戻る気はない。

「お急ぎでないなら、しばしとどまっていかれませんか」
女主人は、何か声をひそめるようにして言った。
「今森へ入れば、殺されます」
posted by 森山智仁 at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

青年キノア9

ユカを刺したことについて、特に後悔はしていなかった。

事実だから仕方ない。
意識はあったのだ。
不幸な巡り合わせではなかった。

あの場面は、
何度繰り返しても、
必ずそうなる。

そういう確信があった。
そもそも人に釈明しなければならない話ではない。
思い出すことも少なくなっている。

ただ一つ、大きな思い違いをしていた。
あの出来事によって自分は何か神懸かり的な力を得て、
飛躍的に強くなっているものと期待していたが、
それは完全に見当外れだった。

リリカラ湖からの退却ではウトゥクと共に殿についたが、
追いついてくる敵は全てウトゥクが打ち払っていた為、
自分が敵とぶつかることはついになかった。

あの時朝日を眺めながらアラカチャの言葉を聞いた男たちは、
皆が水塞の奪回作戦に加わっている。
自分一人を除いて。

当然とも思えた。
強くなっているどころではない。
圧倒的に弱かったのだ。
調錬に参加して思い知った。

パルタという少年は、確かに脚力には目を見張るものがあった。
傷を負っていてもそう思えた。
彼の脚は誰もが認めている。
張り合おうとは思わない。

けれども、よもや剣術の立ち会いでまで負けるとは考えていなかった。
厳粛な父親に強いられた技だと言うが、何であれ、
かつて愛した人の命までも奪った剣が、年端も行かぬ子どもに通じなかったのである。

愕然とした。
そして、子どものように、興味を失った。

深い闇の底で手にした力を、戦で昇華させる。
その目論見は見事に破綻した。
キノアは最早狂人のように、木の根を踏み付け、笑いながら歩いていた。
posted by 森山智仁 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月02日

青年キノア8

味方同士で争うべきではないと、批判されるかも知れない。
しかしあの場所に巣くう輩は、同胞ではあっても、同志とは認められない。
野放しにしておけば、アウカ人に抗う力が拡散してしまうばかりである。

頭領アラカチャは告げた。
リリカラ湖の水塞を、奪う。

その記念すべき作戦から、キノアは外された。

「一から学んでこい」
ウトゥクにはそう言われた。
だが調錬は砦でも皆やっている。
師とやらの地図は受け取ったが、体よく追い出されたとしか思えなかった。

山道を歩きながらキノアは、
もうどうにでもなれという気分だった。
posted by 森山智仁 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月25日

女傑アピチュ7

湖。
叩き落とされていた。

頭が割れるように痛む。
見上げたディエゴの手に、櫓。
あれで打たれた。
あの近さから?

「教えてやろう、俺のことを」
櫓の先端が目の前に突き付けられた。
「俺は暑っ苦しい正義漢だ。
自覚している。
弱い者の為に戦いたいと、心から思っている」

このままでは、殺される。
水塞の見張りは見ているだろうか。
「しかし善人ではない。
お前のような女の為にまで戦おうとは思わない」
いや、わざわざ見張りの死角に入っていたのだ。
助けは来ない。
来るわけがない。

「男など好きに操れる。
お前はそう思っているんだろう」
「ねぇ、待ってよ。
何を勘違いしてるの?」
「だが、残念だったな。
中にはお前の思い通りにならない男もいるんだ」

ディエゴが櫓を肩に担いだ。
背後で月が白く輝いている。
「命を狙われただけでも殺す理由はある。
軍の改革の為にはいつか消すべきだとも思っていた。
あとは男として甘く見られたというのも加えれば釣りが来るな」

理屈っぽい。
やはりこの男は、嫌いだ。

櫓が、振り上げられた。
「消えてなくなれ」

自分の身体が水の中へ深く沈み込むのを感じた。
そして、何も見えなくなった。
posted by 森山智仁 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

女傑アピチュ6

現れたディエゴにまず真剣そうな目を向けて言った。
「助けてほしいの」
それから、二人で小舟に乗った。

今はロコトの側にいて言いなりになっている。
何の不満もなさそうに見せているが、本当は、立ち上がりたい。
人々の為に戦いたい。
ロコトは“準備”と称してただ逃げてばかりいる。

ディエゴが望むなら何でもする。
ロコトの妾を演じながらでも、様々な協力ができる。
何なら殺したっていい。
多少の心得はある。

そんなようなことを、遠慮がちに話した。

ディエゴは、はじめは流石に警戒している風だったが、
湖面に映った月を船首が突いて揺らす頃には、冗談なども口にしていた。

「ねぇ、運命だと思わない?」
芝居がかり過ぎている。
歯が浮くのをこらえた。
だがそのぐらいの方が男は喜ぶ。
「もっと教えてよ、あなたのこと」

受け答えせず目を伏せたディエゴを見て、アピチュは扉が開いたと感じた。
胸元をはだけながら、這っていって男に寄り添った。

瞳を濡らして見せながら、腰の短剣にそっと手を伸ばした。

こんなものだ。
造作もない。

しかし次の瞬間、戦慄が走った。
短剣が抜けない。
錆び付いたように動かない。

血の気が引いた。
ディエゴの大きな手が、短剣の柄をしっかりと押さえつけていた。
posted by 森山智仁 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

女傑アピチュ5

例えばこれが作り話で、
自分の感情の軌跡や選択の根拠を他人からつぶさに見られているとしたら、
自分はまったく冷酷な女と見られるだろう。

何もそれを気取るつもりもない。
一番気持ちのいいように生きてきたに過ぎない。

だがともかく実際のところアピチュは、
他人に冷酷な女と認識されているとは一切思っていなかった。

相手の望みを知ることに長けている。
また、その通り振る舞える。
自分はそういう人間だ。
盗賊団の頭には世間知らずで勝気な娘と思われていただろうし、
ロコトには知的で母性本能の強い女性と見られているだろう。

そしてきっと「一見愚かなようで内に正義感を秘めた女」なら、
ディエゴに近付くことができるだろう。
ほとんどそう確信していた。

「今宵、船着き場にて待つ」

そう書いた手紙をディエゴへ届けさせた。
相手が来るのを待ちながら、
月あかりが自分の顔を最も美しく照らす角度を捜すことも、
アピチュは怠らなかった。
posted by 森山智仁 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月12日

女傑アピチュ4

「俺をわかってくれるのはお前だけだ」
ロコトの視線が、アピチュの腰に落ちていた。

肉欲の視線ではない。
腰の、刃物を見つめていた。

宝石をいくつもあしらった華美な造りで、一見武器としては使えそうにない。
実は猛毒が塗られている。
かすり傷でも半日で死に至る。

既に何人か、邪魔になりそうな人間を葬っていた。

ロコトに頼まれるわけではない。
あくまでも察して、行動に移す。
女に頼み事を、まして暗殺を請うことのできるような男ではなかった。
肝は小さく、誇り高い。

アピチュは返事を言う代わりに、ロコトの額にくちづけをした。
posted by 森山智仁 at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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