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2011年07月13日

少年パルタ9

武器は弓を使いたかった。
腕力ではやはり大人たちに敵わない。

あの日、ラブラスと共に村へ戻った時、
町は既に焼け跡と化して、国王軍の旗が立っていた。
パルタは何かを考えるより先に、目に入った敵兵に飛びかかった。
がむしゃらに戦い、足に傷を負った。
倒れかけたところをラブラスに救われ、生き長らえたのだ。

一人も倒せなかった。

最後にものを言うのは腕力だと、
あの時からパルタは強く感じていた。
弓ならば比較的好んで稽古をしていたから、
技術にも多少自信がある。

だが、持たされたのは槍だった。

反乱軍の中で槍を使う者はほとんどいない。
頭領のアラカチャに倣って矛を使う者が多い。
巨大な刀身を持ち、振っても突いても使える矛に比べると、
槍の小さな穂先はひどく頼りなげに見えた。

不満そうな顔を見せたつもりはなかった。
ところがウトゥクはパルタの気持ちを察したらしい。
笑いながら話しかけてきた。

「懐の小刀を貸してみろ。
その槍もだ」
父母の形見の小刀と槍とを差し出した。

ウトゥクは槍の穂先を外しながら言った。
「弓を引ける者は他にもいる。
だがその脚はお前だけのものだ。
相手の予測より遥かに速く、間合いに入り、突く。
それができればただの突きが奥義となる」

奥義。
その響きに、体が熱くなった。

槍には形見の小刀が穂先として付けられた。
「これがお前の武器だ。
大切にしろ」

パルタは槍を握り締め、深く頭を下げた。
posted by 森山智仁 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

少年パルタ8

アラカチャたちの反乱軍に加わって、
まずは足の怪我の治療に専念するよう言われた。
薬の効き目や、治るまでは無理をさせられないことに、
パルタは驚くと共に、反乱軍への信頼を深めた。
皆、気持ちのいい男たちばかりだった。

傷が癒えると、調錬に参加した。
父の指導に勝るとも劣らない厳しい調錬だったが、
村の仇を討つという明確な目的の生まれた今、
それは決して辛いものではなかった。

武器の扱いは一通り知っていたので、
すぐ立ち会いにも立たされた。

自分と同じ日に軍に加わったという、キノアという青年。
剣での立ち会いで彼を制してしまった時、
あの時の彼の絶望した眼差しがパルタはずっと気にかかっている。
手加減すべきだったとは思わないが、
自分は何か深刻なことを彼に告げてしまったのだという気がした。
哀れな大人。
だが他人とも思えなかった。
立ち会いの翌日、キノアは軍から姿を消していた。
こんな別れ方もある、そう思うしかなかった。
posted by 森山智仁 at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月30日

戦士ラブラス14

「突然失礼した。
私は近頃塞に加わった者で、ラブラスという」
「調錬のお姿は拝見しておりました。
素晴らしくお強いんですね」
「いや、大したものでは」

つい目を逸すと、壁に何枚もの木の板がかけられているのに気付いた。
不思議な模様が描かれている。

「これは?」
「文字、と呼ばれるものです。
カプよりも複雑な情報を伝えることができます」
異国にはそういうものが存在すると聞いたことはある。
だが必要だと思ったことはなかった。

「君が考えたのか?」
「これは、アウカ人が扱う文字です」

どういうことだ?
「何故君がこんなものを?」
「ラブラス様はご存じないかも知れませんね。
この塞にはアウカ人の隊長様がいらっしゃるのです。
彼は命がけで元いた軍を裏切り、私たちの味方になってくださったのです」
初耳だった。
そんな人間がいるなら、目立たないはずはないのだが。

「彼はどこの隊に?」
「それが、今は牢獄にいらっしゃいます。
ロコト様の大切な方を手にかけたという疑いで。
そんなことをなさるような方ではないのですが」

敵軍の造反者。
今はまだどうとも評せない。
アウカ人というだけで憎しみを感じるわけではないが、顔すら知らない。
わかっているのは、この娘は彼をかなり信頼しているらしいということだ。

「では、このモジとやらは彼から?」
「はい。
これからの国づくりには欠かせないものだと思っています」
娘はラブラスの顔を見ながらきっぱりと言った。
穏やかそうな瞳から放たれる、意志の光。
やはり似ている。

「国づくり?」
「僣越ながら、私はこの塞で、
戦に関与しない物事の一切をロコト様からお任せいただいております。
備蓄の管理から糞尿の処理に至るまで全て」
ならば、この塞の居心地の良さは、少なからず彼女の力ということか。
「大したものだ、それは」
だが、国づくりとは。

「塞が独立を目指しているという話は、お聞き及びですね?」
「ああ」
「もしそれが実現したら、私は今よりもずっと住み良い国を作りたいのです。
豊かで、平等で、争いのない国を。
今はその時の為の勉強をさせていただいております」

祖国を捨てるのか。
喉まで出かかったが、飲み込んでしまった。

この塞を奪い、アウカ人を排除する。
祖国の為にはそうしなければならない。
しかしその道は、この純真な娘の夢を潰す道でもあるのだった。
posted by 森山智仁 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

戦士ラブラス13

部屋の扉を勢いよく開け放ったラブラスを、女は不思議そうに見つめた。

果たして、他人であった。
近くで見ると違う。
しかしよく似ている。

「何か?」
声も、懐かしい。

「いや、すまぬ。
人違いだった」
「そうでしたか」

他人。
それも随分と若い。
似ていると感じたのは、亡き妻の若い頃にだ。

幼い。
実の娘ですらあり得る。

窓から吹き込んだ風が、彼女の三つ編みを揺らし、ラブラスの耳に触れた。
posted by 森山智仁 at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

戦士ラブラス12

痩せた国ならば、守るのでなく、新たに豊かな国を建てればいい。
至極真っ当な考え方かも知れない。
若い人間なら尚更惹かれるだろう。
批判をされながらも、水塞が人を集め、活気を保っている理由がここにあった。

だが、それは祖国を捨てるということだ。
認められるはずがない。

しかし、ならば、これで躊躇なく奪いにかかれる。
許せぬ話であったが、決意を固める助けにもなった。

翌日の調錬の後である。
ラブラスは、中庭からふと建物の窓を見上げ、そこに亡霊を見た。

まさか?
いや、確かに見た。
亡き妻。
あの不格好な三つ編み、間違いない。

亡霊はすぐに窓の奥へ消えた。
ラブラスは調錬用の棒を捨て、後を追った。
posted by 森山智仁 at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

戦士ラブラス11

翌日から武術指南役を命じられた。
指揮権こそ預けられなかったが、
新入りとしては十分過ぎる待遇である。
おかげでかなり自由に動き回ることができた。

半月程で、水塞のおよその状態は把握できた。

「独立ですよ」
隊長以上の立場の者には週に一度酒が振る舞われる。
ある日の宴席で、入塞の時に立ち会ったあの若い隊長が囁くように言った。

「どういう意味だね?」
慕われているとは感じた。
だが心を開き過ぎないよう自制している。
ルクマの時のような思いはしたくない。

「この砦が人から何と言われているか、およそ皆わかっています」
「いつまでも行動を起こさない、腑抜けの集まりか」
「そうです。
無論“いつか戦う時が来る”、“その為の準備をしている”と、
素直に信じている者もいますが」
「そうではないのか?
反乱軍だろう、ここは」

「いかがですか、ここでの暮らしは?」
返答に窮した。

確かに、決して悪くない。
規律は整っている。
塞の中に店などもあり、兵でない者たちも活発に働いている。
人を年齢や経歴でなく実力で評価することも徹底されていた。
国として見るなら、理想的とすら言える。

……国?

「こんな住み良い国がもうここにあるんです。
火吹き筒を持つ連中なんかとわざわざ戦う必要がありますか?」

離れた席から、視線を感じた。
ロコト。
横目でこちらを見ている。
なるほど、流石に耳が利くらしい。

顔色を変えぬよう、杯を干した。
posted by 森山智仁 at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月01日

戦士ラブラス10

下手な芝居はいらない。
自分が本当に志願兵だったら何を言うか。
それだけを考えて、思ったままを話した。

ただ、元国王軍という身元だけは伏せた。
どこで尻尾をつかまれるかわからない。

「あなたのような人を待っていました。
是非お力を貸してください」
そう言って握手を求めたロコトの顔の、
目だけが笑っていないのを、
ラブラスは見逃さなかった。

ワカタイはただぎくしゃくと受け答えをしていた。
扱いやすそうに見えたのだろう。
後日、ワカタイはロコトの近衛に当たる隊に回された。

続いて、力量の審査である。
実力のある者はすぐ相応の隊に配属するという。

塞の中庭の調錬場に案内された。
木刀や棒などが並んでいる。
「使える武器はあるか?」
若い隊長が横柄な態度で言った。

当然、槍斧などはない。
無造作に一本の棒をつかんだ。
十分だ。

ラブラスは、ここでも遠慮をしなかった。

若い隊長は、隙だらけだった。
実戦の経験はなさそうだ。
体格だけは良い。
持って生まれたものだけで隊長になったのだろう。

構えも取らず、ただ歩いて詰め寄った。
隊長の大儀そうな目に火がつき、棒が突き出されてきた。

遅い。
首をかしげるようにしてかわしながら、
相手の両の足の間に棒を差し入れ、
その身体を投げ上げた。

隊長は高々と宙を舞い、尻から地面に落ちた。
何が起きたかわからないという顔だった。
posted by 森山智仁 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦士ラブラス9

「ロコトといいます」
現れた男は、水塞の頭領だった。

物静かな気配。
涼やかな目元。
アラカチャとは真逆の雰囲気。
だが、決して臆病そうには見えない。

護衛は二人連れていた。
身のこなしだけを見ても相当腕が立つことはわかる。

「驚きました、頭領が直々にお出でになられるとは」
「一人一人の志をきちんと確かめておきたいのです」

話は、巧い。
胸に響く声だった。

努めて冷静に聞いているラブラスも、
やはりこの塞とは争わず手を組むべきではないかと微かに思うところがあった。
横のワカタイなどはすっかりそんな気でいるだろう。

後にわかることだが、
ロコトは確かにこの審問で、
志願兵の意志の強さを確かめていた。
しかしそれは意識の高い者を重用するという仕組みではなく、
むしろその逆で、
目的意識の強い者は遠ざけて鈍らせ、
希薄な者こそ登用して自身の身を固めるという、
この塞の体制を守るには不可欠な慣習なのであった。
posted by 森山智仁 at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

戦士ラブラス8

やはり、堅い。
それがリリカラ湖の水塞について始めに得た印象だった。

塞の建つ小島に船着場は二つしかなく、一つは浅瀬で、小舟しか出入りできない。
上陸してからも三重の門があり、
門を通る道の他は罠が張り巡らせれているという。
その上、王宮の倍ほどもいる見張りが、絶えず目を光らせている。

入塞にあたり審問を行うという部屋で、
ラブラスたちは担当の者が来るのを待っていた。

潰すのでなく、奪う。
その為に、志願兵としてまず塞の内部へ入り込む。

かつて軍にいた自分はともかく、
今、隣で不安げにしているワカタイは、
あまり適任ではないように思った。

人間としてワカタイは好ましい男だ。
しかしこういう任務につくには、肝が小さく、裏表がなさ過ぎる。
アラカチャには何か意図があるようだが、ラブラスにはそれがわからなかった。
posted by 森山智仁 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

青年キノア14

目の前に白い壁が現れた。

壁?
いや、狗の脚だ。
息を飲んだ。
巨狗よりも遥かに大きな狗が地に臥している。
こいつの、親か、これは。

爪の一本が剣ほどもある。
人間など容易く丸呑みにされるだろう。
戦うどころではない。
ただ見上げるしかなかった。

子狗が親の腱を舐めていた。
異様に太い矢が刺さり、血が流れ出ている。
腕の立つ狩人が、村に雇われたと言っていた。
ならばこの矢はそいつの仕業か。

親狗はこちらに気付いてもただ見つめてくるだけだった。
動けないのだろう。
矢には毒も塗ってあるに違いない。

その時、雷のような音が鳴り響いた。
すぐ近くの樹に矢が刺さっていた。
矢は幹を貫いて、矢尻が飛び出ている。

何という剛弓。

子狗が唸りながら低く身構えた。
駄目だ。
相手にはこちらの位置が見えている。
敵うわけがない。

思わず、その身体に飛びついた。
と同時に、子狗は走り出した。
首の白い毛を、掴んだ。
自分の身体が宙に浮いた。

一秒後、キノアは狗の背にしがみついていた。
闇の中でぶつかる風が次々と後ろへ流れていく。

狗が、牙を剥くのがわかった。
それに応じて、左手は首の毛を掴んだまま、
剣を握る右手に力を漲らせた。
posted by 森山智仁 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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