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2012年01月04日

射手ムムシュ1

的か、それ以外か。
ムムシュにとって自分以外の物体は皆そのいずれかであった。

猟師の子に生まれた。
初めて獲物を射止めた時から、弓にとりつかれた。
寝ても覚めても、矢を射ることばかり考えていた。

つがえる。
引き絞る。
放つ。
狙い通りの場所に矢が突き立った時の、あの感触。

父は息子の才能を喜んだが、
15歳になる頃、ムムシュは獣ばかりを撃つことに飽き始めた。

旅に出たいと、何度か父に話をした。
とりつくしまもなかった。
やがてムムシュには、父親が的に見え始めた。
posted by 森山智仁 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

奴隷ワカタイ14

「『近衛のワカタイを信じろ』。
仲間にはそう伝えておく。
伝達が済み次第、グラナから連絡させる」

話はそこで終えた。

複雑な連絡網を張り巡らせてあるのだろう。
確かに、それを一から把握するより、
ただ信じるよう伝えてくれた方が簡潔で安全だと思えた。

一週間後、グラナから知らせが来た。
知らせと言ってもただ二秒間ほど目を合わせ、
視線を左に流しただけである。
それが伝達完了の合図と決めてあった。

ワカタイは焦ってはいなかった。
アラカチャからは具体的な任務や期日を言い渡されたわけではない。
ただ、機を見逃さず、功を成すことだ。

この仕事で、味方の思惑を超える働きをすることができれば、
ずっと膝を抱えていた昔の自分も報われるような気がしていた。

数日の後、調錬の場で、ラブラスと立ち会うことになった。
兵たちは、ラブラスの技とワカタイの剛力、
ぶつかればどちらが相手を制するのか、興味津津の様子である。
衆人環視ではあるが、話をする機会はここしかないと、ワカタイは思った。
一気に間合いを詰めて、競り合いに持ち込み、耳打ちをした。

「仲間を得ました」
戦いながら話せることには限りがある。
詳しい事情は省いた。
「蜂起すれば、呼応する者はあります」
ラブラスは返事をしなかった。
確かに余計なやり取りはしない方がいい。
ワカタイはその沈黙を「了解」と見なして続けた。

「本陣にこの水塞の内情を詳しく伝えるのは、
かなり難しいと思います。
しかし、本隊がいずれ直接攻撃を仕掛けるつもりなら、
その攻撃と蜂起の時を上手く合わせれば」
「待て、ワカタイ」
ラブラスが遮った。

動きを止め過ぎたか?
一度飛び退き、再びつっ掛けた。
兵たちが沸いた。
力比べでもいい勝負と見えるのだろう。

「果たして、奪うべきか?
この塞を」
ワカタイは耳を疑った。
しかし確かにラブラスの声だった。
「ここにも、正義をもって生きている者はある」

穏やかで、沈着。
頭領アラカチャをも凌ぐ武術。
完全無欠と思われていた戦士ラブラスの心が、
あろうことか、揺れていた。
posted by 森山智仁 at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

奴隷ワカタイ13

「何がおかしい?」
「あなたを捜していました」
「俺を?」
「あなたの弟は、ビセンテという名ですね?」
ディエゴが目を見開いた。

「何故知っている」
「俺は昔、鉱山で働かされていました。
その鉱山で」
ワカタイは一瞬、言葉を選んだ。
「事故があって、ビセンテさんには、命を助けられました」
「そうだったのか。
奇妙な縁があるもんだな」

ディエゴは微笑し、小さな溜め息をついた。
「あいつはどうしてる?」
「あ……」
「なんだ?」
「さっきは、笑ったりしてすみません。
伝えられるのが、嬉しくて、つい」
「……死んだか?」
「はい」
「そうか」
「ビセンテさんは、あなたに、謝りたがっていました」
「気にするなと言ってやりたいが、
まぁそれは俺が死んでからにしよう」

ディエゴがワカタイの目をじっと見つめた。
「あいつの最期は、きっと立派だったんだろう。
あんたの顔を見ていればわかる」
posted by 森山智仁 at 00:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

奴隷ワカタイ12

男はワカタイの耳飾りを見て言った。
「近衛が何の用だ。
誰が来ようと、知らないものは知らない。
話しようがない」

要領を得ず、ワカタイは黙っていた。
相手はアウカ人だ。
何故牢に?

「何とか言ったらどうだ。
俺に用があるんじゃないのか?」
「俺は、グラナに呼ばれて、来ただけです」
ワカタイは正直に答えた。
「グラナに?」
男の眉が動いた。

それから男は、少し黙り込んだ後、
自分が最近までこの塞で隊長を勤めていたことと、
頭領の女を殺めた疑いで投獄されていることを話した。
ワカタイは始終、相槌も打たずに聞いていた。

「グラナが認めたなら、俺も賭けてみることにしよう」
男がこちらの目をじっと見ながら言った。
ワカタイは何も言っていないが、勝手に何かを決したらしい。

瞳を光らせて、語り始めた。

永遠に“準備”をし続けようとするこの塞を“本番”に向かわせるなら、
頭領を、ロコトを討つしかない。
首尾よくロコトを討ち果たすことさえできれば、
そして速やかにその後を統率できれば、
大きな混乱に陥ることなく改革を成し遂げられる。
今のぬるま湯に慣れ過ぎて戦意を失いかけている者は確かに多いが、
元は護国を志して集った人間たちである。
燻っている者も少なからずいる。
ただロコトを恐れて立ち上がることができずにいるだけなのだ。

俺が改革の火蓋を切るつもりだったが、
不要の沙汰に巻き込まれてこのザマだ。
だが俺が組み立てた連絡系統は今でも生きている。
このままいつ来るとも知れぬ機を待つより、
いや、今が機なんだろう。
グラナの人を見る目は俺を凌ぐ。
あんたに俺の立場を預けてもいい。

ワカタイは返事をする前に、気になり始めていたことを尋ねた。
「あなたの、名前は?」
「ああ、すまん。
まだ名も名乗っていなかったな。
俺はディエゴ。
ご覧の通り、アウカ軍の裏切り者だ」

やはり、か。
図らずも口許が弛んだ。
奇跡にも近い偶然とは言え、これで言伝を伝えることができる。
posted by 森山智仁 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

奴隷ワカタイ11

牢番の一人を、信じることにした。

言葉を交わしたことは数えるほどしかない。
互いの持つ、気配。
雰囲気。
身体から発する、匂いのようなもの。
同類であり、同志であると、伝え合おうとしていた。

名はグラナ。
小柄で、目立たない。
平凡な顔立ち。
出自など何もわからない。
少なくともアラカチャが送り込んだ仲間ではない。
ラブラスに相談すればきっと否定されるだろう。
しかしワカタイは直感に身を委ねた。

そして今、地下牢への階段を降りている。
グラナがワカタイに会わせたい囚人がいるというのだ。

松明を翳した。
鉄格子の向こうには、見慣れない色の、落ち窪んだ瞳があった。
posted by 森山智仁 at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

奴隷ワカタイ10

月に一度の宴席である。

ロコトは自分の左右に最も信頼しているらしい二人の近衛を座らせた。
ワカタイはそのもう一つ隣であった。
席順がそのままロコトからの信頼の篤さを示している。
新参者にして破格の扱いを受けているとワカタイは思った。

近衛たちだけを近くに座らせ、他の隊長たちとの距離はしっかりと取っている。
反逆への備えは徹底していた。
密告には報酬が出るという決まりがあり、
地下牢は謀反の疑いをかけられた者で溢れているという。

ロコトから信用されているという実感はあったが、
些細なきっかけでその信用はすぐに失われるだろう。
隙を見せてはならない。
いや、隙を見せ続けなければならない。
自分は愚かだからこそ信じられているのだ。

「さぁ飲め、ワカタイ」
ロコトが自ら酒を注いできた。
「すみません」
ワカタイは少しずつ飲んだ。
酒はあまり強くない。
アラカチャの反乱軍に入るまでは舐めたことすらなかったのだ。

「なんだお前は、でかいなりをして。
男らしく一気に飲め」
「すみません」
「それしか言えないのか、お前は」
近くにいた者たちがどっとわいた。

笑われながら、ワカタイはラブラスに目をやった。
腕を買われ、武術の指南役を任じられたとのことだった。
今はかなり離れた席で、若い隊長と話している。

ワカタイもラブラスも、水塞に入ってすぐかなりの地位を与えられ、
おかげで塞の内部を探ることはしやすかったが、目立つという問題もあった。
今となっては二人が会って相談をするのは難しい。

ラブラスとの連絡の取り方も考えなければならない。
ワカタイはやっとのことで杯を干しながら、そう思った。
posted by 森山智仁 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月10日

奴隷ワカタイ9

ロコトと名乗る頭領との面談では、
不自然でない程度に、
ロコトの語る言葉に靡くような反応をして見せた。

演技には決して見えなかっただろう。
何しろ横にいたラブラスが、
ワカタイが諭されてしまったのではないかと不安そうな顔をしていた。

そしてワカタイはすぐさまロコトの近衛の一人に取り立てられた。
人事に関する判断は、早い。
この水塞の強みの一つである。

幼い頃から他人に蔑まれてばかりいたワカタイは、
近衛などという立場は不慣れだったが、
その初々しさがますますロコトからの信用を深めた。
無論、怪力も買われている。
ロコトはさぞ良い拾い物をしたと思っているだろう。

順調だ、とワカタイは思った。
posted by 森山智仁 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

奴隷ワカタイ8

自分の外見が他人にどんな印象を与えるか、
ワカタイはよく理解していた。

元来、愚鈍そうな風貌から他者が愚鈍と決めつけて接しており、
また本人が他者の先入観を壊す勇気を持たなかったことも手伝って、
ワカタイは愚鈍な人物であり続けた。

反乱軍に加わってから人に蔑まれるということはなくなった。
そのことは本当に有り難く感じ、
怯えることに消費していた気力を有用な方面に向ける術も身についた。

それでもやはりアラカチャもウトゥクも、
ワカタイのことはあくまで「愛すべき愚か者」見ている。

水塞に潜入させる者に自分を指名したのも、
この無害そうな印象が役に立つという考えなのだろう。

しかし実のところ、
ワカタイは自分の風貌を利用し、
アラカチャたちの思惑をも超える働きをしようと考えていた。
posted by 森山智仁 at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

神官ウトゥク7

そして現在、反乱軍はリリカラ湖の水塞の奪取を目論んでいる。
ある晩、ウトゥクは久方振りに、アラカチャと二人で酒を酌み交わしていた。

「パルタの帰りが遅いな」
ウトゥクが言った。
パルタに指揮をさせた隠密部隊はもう帰還していてもいい時期だった。

「心配しているのか?
キノアとかいう奴は平気で放り出したくせに」
「あいつはなるようにしかならん。
万が一育てば儲け物だ。
だがパルタにははっきりと期待をかけている」
駿足。
それも並外れている。
大きな戦になれば、通信が果たす役割は爆発的に増えるだろう。

パルタが将来力を発揮するには、
年長の者たちに彼を認めさせ、彼自身も苛烈さを持つ必要がある。
その為の編成をした。
さぞ辛い思いをしているだろう。
恨まれてすらいるかも知れない。

「それより、頭領。
そろそろ聞かせてくれ」
「何をだ?」
「水塞に送り込んだ二人だ。
何故あの二人にした?」
ラブラスは王の戦士団の出だが、決して器用な方とは思えない。
ましてやワカタイは不器用が服を着て歩いているような男だ。
何故彼らを潜入させたのか、その理由をウトゥクは聞いていなかった。

「話は単純だ。
あの二人に情報収集など期待していない。
あいつらは、先鋒」
「先鋒?」
「元より策略や話し合いであの水塞が取れるはずがない。
戦って奪うしかないと見定めている。
一騎当千の味方が敵陣の真ん中にいれば有利になる、それだけのことだ。
個人の力量で見て、俺たちの中で一位と二位と言えばあの二人だろう」

「それは、お前も含めてか?」
「ああ」
ウトゥクは少し意外に感じた。
ラブラスはともかく、ワカタイに対してまでアラカチャが自分を下に見るとは。

「技ではラブラス、力ではワカタイ。
脚が武芸に活かされればやがてはパルタにも及ばなくなるだろう。
俺自身の素質は大したものではない」
アラカチャは変化している。
以前ならこんなにあっさりと兜を脱ぎはしなかった。

「だが、頭領はお前しかいない」
ウトゥクは敢えて口にした。
他人に言われなくても十分にそう認識しているだろう。
案の定アラカチャは相槌も打たなかったが、その顔はまんざらでもなさそうだった。
posted by 森山智仁 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月30日

神官ウトゥク6

「待っていたぞ」
初めて会った時、アラカチャはそう言った。
「いや、突然すまない。
何故だろうな。
不思議と俺は、あんたをずっと待っていたような気がするんだ」

ウトゥクも同じ思いだった。
歳は一回り下だろう。
だが馴々しい言葉遣いが心地よくすらある。

運命というものが、この世にはあるのだと思った。

アラカチャは若くして立派な頭領であったが、若さ故の未熟さも残していた。
アラカチャが道に逸れたと感じた時、ウトゥクは遠慮なく叱った。
新入りのウトゥクが頭領に意見することを、兵たちは早々と受け入れた。
何よりアラカチャ自身が何の違和感もなさそうにしていた。

旅慣れていたウトゥクは、各地を巡り、同志を募る役目を担った。
反乱軍の所在を示し、兵を送る。
あるいは、いつか来る決戦の時の、呼応を求める。

将の素質を持つ者を探すことも重要な仕事の一つだったが、
これはという人物はなかなか見つからなかった。
ある山里でキノアという名の屈折した青年と遭った。
捨て身になれれば役に立つかと、反乱軍まで導いたが、育つかどうかはわからない。
今は試しに放り出している。
ウトゥクはあまり当てにはしていなかった。
posted by 森山智仁 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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