「右翼に属さずに誇りを保ち、
左翼や宗教に属さずに平和を求めることはできないのか?」
旅に出る前から、密かに最大のテーマであった。
特に後者である。
純真な人からは「できるよ!」と言われるかも知れない。
つぶやくだけならできるだろう。
けれどある程度声を大にしようとしたら、
必ずどちらかの影が首をもたげてくる。
共産主義は、無理だ。
共産主義は人間の善良さを信じ過ぎている。
A:サイコロの1の目が出る確率は1/6。
B:だから60回振れば10回1が出る。
極端だが、そのぐらい無理のある信頼である。
Aは不動の事実。
しかしBは単なる期待値である。
みんなで働いてみんなで分け合えば豊かになれるかも知れない。
だが、怠ける人間、ズルい人間は必ずいる。
頑張っても頑張らなくても分け前が同じなら尚更である。
事実、トイレが激烈に汚かったり、頼んだ料理が全然来なかったりする。
戦争をしてはいけない。
そこはガチ。
なのだが、戦争反対派は「アカ」呼ばわりされやすい。
弱肉強食の否定は確かに共産主義的ではあるのだ。
僕はアカは嫌だが、かと言って誇りを捨てたいわけでもない。
どちらかに傾倒すれば必ず視野が狭まる。
日本兵の中には、
立派な兵隊もいただろうし、
住民を虐殺する兵隊もいただろう。
いずれかが真実なのではなく、いずれも事実なのである。
みんながみんな同質の兵隊だったわけがない。
なのに右翼VS左翼は、そのイメージ作りで戦っている。
右翼と左翼の意味も知らない人だって大勢いる。
(僕だって完全に理解しているわけではない。
Yahoo!知恵袋に投稿でもしたら「勉強不足」と言われまくるだろう)
そういう人にとって、右翼または左翼は「ただ何となく怖い」。
関わり合いになりたくないと思うのが自然だろう。
「アカ」の烙印を押されて破滅することは戦前からある。
一方、近年は「ネトウヨ」なんてのもいる。
基本的には関わり合いになりたくないと思っていても、
ネット上の記事は(匿名で)右翼的視点で書かれたものが少なくない。
ざっくり言って今は右翼優勢の世の中だと思う。
事実を自虐史観と呼んで、伝えることを阻む。
日本の兵隊はみんな立派だったことにする。
今、そういう流れがある。
そして、「関わり合いになりたくない人たち」は、
漠然と、優勢な側についてしまう。
罪や痛みの改竄。
美化。
見過ごすことはできない。
戦争を実体験した人たちはまもなく皆世を去る。
継承しなければならない。
伝えるために、戦う。
戦うけれど、先に言っておく。
僕はアカじゃない。
2014年03月22日
糸数入口
公式のバスナビで調べた限りでは17:07に来るはずなんだが、
これ、来るのか…?
と不安がってたら、来た(・∀・)
時間通りだった。
再び国際通り。
実は二日目のゲストハウスに大事な帽子を忘れてきてしまったのである。
無事回収。
そして公設市場近くで、諦めかけていた「にんじんしりしり」を入手!
他に海ぶどうともずく等を買う。
ゆいレールで空港へ向かう。
その前に、ラストの沖縄そば。
これ、来るのか…?
と不安がってたら、来た(・∀・)
時間通りだった。
再び国際通り。
実は二日目のゲストハウスに大事な帽子を忘れてきてしまったのである。
無事回収。
そして公設市場近くで、諦めかけていた「にんじんしりしり」を入手!
他に海ぶどうともずく等を買う。
ゆいレールで空港へ向かう。
その前に、ラストの沖縄そば。
アブチラガマ
今度はある程度覚悟ができていた。
ガイドさんから、県外で平和学習に圧力がかかっているという話を聞く。
平和学習に力を入れる先生は教育委員会から睨まれるとか。
修学旅行の行き先から沖縄を外す流れがあるとか。
恥ずかしながら八重山教科書問題も初めて知った。
新聞のコピーをもらう。
ガイドさんから、県外で平和学習に圧力がかかっているという話を聞く。
平和学習に力を入れる先生は教育委員会から睨まれるとか。
修学旅行の行き先から沖縄を外す流れがあるとか。
恥ずかしながら八重山教科書問題も初めて知った。
新聞のコピーをもらう。
陸軍病院南風原壕群20号
まず南風原文化センターの展示を見学。
入ってすぐの「病床の実物大模型」に飲まれた。
ちょっと覚悟が足りなかった。
「飯上げの道」を通り、壕の案内所へ。
ヘルメットと懐中電灯を借り、ガイドさんと共に壕に入る。
照明設備0という事実に直面。
怖い…!
完全に覚悟が足りなかった。
何しろ昨夜、元学徒さんたちの証言集を一気読みしたばかりなのである。
必死にびびっていないフリをしつつ、どうにか出口付近まで来る。
そこでガイドさん、
「一度懐中電灯を消して、真っ暗闇を体験してみます?
男性ですし」
「やめときます」
即答した。
それから壕を出て、手を合わせた。
入ってすぐの「病床の実物大模型」に飲まれた。
ちょっと覚悟が足りなかった。
「飯上げの道」を通り、壕の案内所へ。
ヘルメットと懐中電灯を借り、ガイドさんと共に壕に入る。
照明設備0という事実に直面。
怖い…!
完全に覚悟が足りなかった。
何しろ昨夜、元学徒さんたちの証言集を一気読みしたばかりなのである。
必死にびびっていないフリをしつつ、どうにか出口付近まで来る。
そこでガイドさん、
「一度懐中電灯を消して、真っ暗闇を体験してみます?
男性ですし」
「やめときます」
即答した。
それから壕を出て、手を合わせた。
伊江港
6:00に起き、テントを片して、8:00の便で本島に帰る。
伊江島で他に観てみたいところもあったけど断念。
ちょっとスケジュール作り間違ったかも知れない…
詮方なし。
アバウトさの代償はどこかで払うものだ。
沖縄は、広い。
島だと思って来ると結構広い。
「旅行」するならやっぱりレンタカーだろうなぁ。
バスの路線は充実しているけれど本数が超少ないところもあり、
結局タクシーに頼らざるを得なくなる。
伊江島で他に観てみたいところもあったけど断念。
ちょっとスケジュール作り間違ったかも知れない…
詮方なし。
アバウトさの代償はどこかで払うものだ。
沖縄は、広い。
島だと思って来ると結構広い。
「旅行」するならやっぱりレンタカーだろうなぁ。
バスの路線は充実しているけれど本数が超少ないところもあり、
結局タクシーに頼らざるを得なくなる。
ヌチドゥタカラの家
昨日行った。
写真撮影OKだったのだが、何となく撮れなかった。
戦後の戦いの記録であった。
軍用品を日用品に作り変え、不発弾を解体して売り、土地の返還を求める。
怪我人も出た。
死人も出た。
それらの記録と対照的なのがこの写真である。
島内のある場所に貼られていた。
マジか、と思った。
写真撮影OKだったのだが、何となく撮れなかった。
戦後の戦いの記録であった。
軍用品を日用品に作り変え、不発弾を解体して売り、土地の返還を求める。
怪我人も出た。
死人も出た。
それらの記録と対照的なのがこの写真である。
島内のある場所に貼られていた。
マジか、と思った。
2014年03月21日
天使の梯子
写真はフェリーでの一枚。
波の音を聴きながら、ひめゆり平和祈念資料館で買った証言集を読む。
にしても、寒い!
今日は平年より7度も寒いらしい。
ご近所のテントがBBQの支度をしている。
普段は何ともないのだが、ガスがない上、こうも寒いと、寂しい。
波の音を聴きながら、ひめゆり平和祈念資料館で買った証言集を読む。
にしても、寒い!
今日は平年より7度も寒いらしい。
ご近所のテントがBBQの支度をしている。
普段は何ともないのだが、ガスがない上、こうも寒いと、寂しい。

