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2007年08月31日

演技論2

演技論は通常、
「一貫した人格を持つ、すなわち実在し得る人間を演じること」
を前提としている。
が、わざわざそれを言うことはあまりない。
何故なら言うまでもないからである。
演技とは人間を演じることであると一般的には認識されており、
1+1=2をわざわざ確認することは滅多にない。

そこには、台本は人間を描き、俳優は人間を演じることによって、
面白い芝居が作れるはずだという暗黙の信念がある。
狭めて言えばそういう芝居しか面白くないという排斥である。
本当にそうだろうか。

一般的に観客が期待するのはやはり人間の物語であって、そういう意味では本当にそうだ。
観客を無視して面白半分に抽象的なことをやるのは愚かしいと思う(有料なら特に)。
しかし人間を描く以外に道はないのだろうか。
人間の物語は果たして永遠に面白いだろうか。

人格の崩壊した人間が出たら面白いんじゃないか。
という話ではない。
彼は「崩壊した人格」を持った実在し得る人間である。
俳優は色んな約束事に縛られているからそもそも人間を演じているとは言えない。
という話でもない。
複数の事柄を同時に意識することは可能である。

飽きることがあると思う。
ある観客や作家が、あるいは時代が、人間の物語に。
思わず倒置法を使ってしまった。
「突き詰めても人間の物語でないのに面白い芝居」を想像することは今の僕にはできない。
しかし、それは単に未知であるというだけのことのように思う。
posted by 森山智仁 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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