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2014年02月15日

読書:古野まほろ『天帝のはしたなき果実』

ルビなしじゃ一段落も読めないこんな文章、
つまりこんな「思考」を、
少女漫画の王子様のような主人公がしていると思えばそれは何万光年の彼方だが、
まほろ君のルックスに関するくどいほどのコンプレックスが、
かなり強力なロープとなって嵐の中のボートを波止場に係留している。

津原泰水の『ブラバン』を読んだ時と共通の印象。
「学生時代」に「音楽」をやっている(いた)人たちには、ある特有の振動がある。
頭の良い体育会系という自負。
確かに「しばしば自分たちで台本を書く」演劇部とは激烈に違う。
先人の書いた偉大な楽譜しか基本的に演らない。

この本の世界に登場人物として放り込まれたら僕はきっと一言も喋れない。
「この世界で発言をする権利がどうやらない」。
そういった判断能力は義務教育の間にみっちり養われる。
整髪料を使っている運動部の男子の中にいたらヲタは静かにしているしかないし、
クラス演劇でメイクとか担当する女子はまず「文芸同好会」にはいない。
※例外はいくらでもあるだろう、僕はただイメージを言っている。

あまりに、何だろう、表現が見つからない、そうだ、「麻薬的」としよう。
つまり多分あれだね、古野まほろが好きな人に、
『カイジ』とか『刃牙』の魅力を説明するには、「そういうことだよ」で済むと思う。

平均的な文庫本3冊分ぐらいあるか?
途中までちまちま読んだけど、後半一気読み。
本格で変格で青春で幻想。
表紙の折り返しに書いてある通りだった。

それにつけても、ミステリにのみ許される(誰が許可したのか?)、
「主人公が著者と同じ名前」
「主人公がミステリマニア」
この特殊性、これ何とかならないだろうか。
個人的には強い抵抗を感じる。
内輪っぽい。

【年内読書4冊目】


posted by 森山智仁 at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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