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2013年10月23日

本願寺堺別院

写真.JPG
明治4年から10年間、県庁として使われていたらしい。

ここにも晶子の歌碑がある。

却初より
つくりいとなむ
殿堂に
われも黄金の
釘一つ打つ

これはわかりやすくて好き。

晶子の歌は、特に初期、難解と言われるものが多い。
後年になって考えが変わったようで、『みだれ髪』も何度も改作している。
わかりやすくこそなったものの、
薄っぺらくなったとの見方もある。
posted by 森山智仁 at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材旅行:京都・大阪編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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