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2012年01月13日

射手ムムシュ6

もう一撃。
強く引き、慎重に腱を狙う。

放った。
巨体が僅かに動く。
矢は刺さったが、急所は外れた。
と同時に、子狗が鋭く地を蹴り、こちらに向かって駆け出した。

しまった。
方向を探っていたのか。
知能、ただの噂ではなかった。

息を殺した。
悟られたのは方向だけ、位置までは知られていない。

道具袋に手を入れた。

矢に鏑玉を取り付け、少し離れた樹に放った。
森中に破裂音が響き渡る。
子狗が樹に駆け寄る。

掛かった。
知恵比べならば人間の本領、譲るわけにはいかない。

子狗が樹の回りをうろついているうちに、
弓をきつく張り直し、
矢尻を毒に浸した。

卑怯などとは思わない。
始めは毒を使わずに勝負してみたかったが、
必要があるなら使うだけのことだ。

全力で引き絞る。
巨体の上、避けようとはしない。
狙いは多少大雑把で構うまい。
放った。

矢が巨狗の脚をとらえた。
受けた巨狗は駆け出そうとした。
しかしその脚はもう地を蹴ることはできなかった。

勝負はついた。
あとは子だ。
親の元に戻り、身を案じているところを狙えばいい。
こちらぐらいは毒無しで勝負しよう。

機を伺っていたムムシュは、思いもよらぬものを見た。

人間。
剣を帯びている。
狩人か?
そうは見えない。
狗の親子に攻撃しようという気配はない。
それどころか、親狗の姿に呆気を取られている。
ただの旅人か。

まぁ、構うことはない。

子狗の姿が見えた。
親狗と、旅人のすぐ近く。
子の動きはかなり速い。
この距離ならば矢を避けることもできるだろう。
ならばもう一度攻めてこさせた方が狙いやすい。
子狗のすぐそばの樹に、誘いの矢を射た。

来る。
向かってくる的を射るのは実に快感だ。
優越感に浸れ、容易でもある。

容易な、はずだった。
目を疑った。
旅人が子狗の背に跨がっている。
何故?
奴は何者だ?
俺のことは見えているのか?

ムムシュを動揺させたのはそれらの疑問だけではなかった。

真っ直ぐな怒りが、
歪んだ悲しみを乗せて、
突っ込んでくる。
旅人のことなど何も知らないが、
ムムシュには確かにそう見えた。

その異様な威圧感が手元を狂わせた。
矢は子狗の脇をすり抜け、闇に吸い込まれた。
狙いを外したことでさらに焦躁し、次の矢も外した。
そしてムムシュがその次を番えるより早く、子狗と旅人はムムシュの姿を見つけた。

疾い。
牙と、剣。
生まれて初めて死の恐怖を感じた。
樹の枝から落ちるようにして辛うじて避けた。

煙玉を投げ、どうにか逃げ切った。

闘志が燃え上がった。
あいつらは、的だ。
「いつか射抜く」
いつか。
ムムシュは繰り返し呟いた。
posted by 森山智仁 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説『太陽の鎖』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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