俳優に求められるものとして集中力・身体能力・順応力の3点を挙げたが、ここでは戯曲にあるべきものを同様に3点、提案したいと思う。俳優については「要素」といったところを「要件」としたのは、戯曲の及ぼす舞台全体への影響は、俳優のそれよりも強いからである(このことは「戯曲論2」において後述する)。尚、ここに提案する要件はいずれも、その戯曲がドラマを基本とする場合に限る(「ドラマ」の問題は「演劇論」にて扱う)。
1.日常性
舞台は非日常的な空間であり、演劇は非日常的な行為である。舞台作品は程度の差こそあれ、ある特殊な状況を提案しており、客もまた概ねそれを期待して劇場に足を運ぶ。それでも、日常性は劇作において最初に配慮されるべき課題である。
何故なら、客はただ一方通行的に劇世界を受け入れるのではなく、個人の日常と照らし合わせながら舞台を観察しているからである。それは観劇上のコツでも作法でも何でもなく、単にそうせざるを得ないのだ。どんなに客観的になろうとしても、せいぜいその個人のイメージの中の「客観的な」見方しかできない。演劇はそれ自体非日常的なものだが、だからと言ってそこに日常と通じるものを見つけられなければ、客は劇世界に足を踏み入れたり、ましてや何かを受け取ったりすることはできない。日常性を欠いた舞台は、橋のない堀に囲まれた家のようなものである。
日常生活を描かねばならないというのではない。自分と関わりのあるものとして、舞台が客の目に映れば良いのである。そのための素材は実に多種多様である。登場人物の性質や行動が共感の対象となることもあれば、世界観やメッセージ性が思考を刺激する場合もあるだろう。但し、抽象的な繋がりは結果的に現れることを薄々期待しても許されるという程度のものであり、劇作において意識的に込めるべきなのは、具体的で小規模な日常性である。概して、具体的であるほど効果は高い。
近年、entertainmentという言葉が流行している。演劇のみならず映画や文芸の分野でも一つのキーワードとなっているが、私はこの言葉が些か思慮の浅い扱われ方をしているように感じている。entertainmentとは「娯楽」という意味であり、これを目指すとはすなわち「人を楽しませる」作品を作ろうとすることであるが、「人を楽しませよう」という考えは「楽しければいい」あるいは「自分が楽しければいい」という発想に転じる危険性を常に孕んでいる。そもそも、多くの人を楽しませることは決して容易なことではない。その認識があった上で、楽しませた先に何を与えられるのかが検討されるべきではないだろうか。特に、特殊性の色濃い設定を持つファンタジー的な作品に対しては、日常と通じるものが果たしてそこにあるかと問いたい。極端に言えば、ファンタジーに登場する事物は例外なく、現実世界に存在する事物のメタファーでなければならない。
2.非日常性
十分な日常性が保たれている限りにおいて、非日常性はやはり舞台に必要なものである。とは言え非日常性は、多くの客や作家にとって演劇と関わろうとする動機であろうから、わざわざ指摘する必要もないのかも知れない。
それでも敢えてここで強調するのは、非日常性が大きな役割を持つからである。非日常性には、作家のしばしば個人的過ぎる思想・感性に一般性を与える機能がある。作家の中に渦巻くものも作家個人の日常から生まれるが、それを表現する媒介は日常から距離を取ることで、ある程度受け入れが容易になる。配慮されるべきは戯曲を読む俳優も舞台を観る客も、作家にとっては他者であり、なおかつ複数の存在だという点である。日常性に偏り、非日常性に欠ける場合、単につまらないだけでなく、作家と近しい日常を背負っていれば受け取り易い分そうでなければよくわからないという格差が広く生じる。
3.優越
劇場では作り手と受け手とがはっきりと分かれている。ところが、観客席に座っている中には自身が演劇と携わっている客も決して少なくはなく、そうでなくても人間は誰しもが表現者であり得る。そのため、劇場はある意味において戦場である。
客の表現者としての自覚の程度にもよるが、原則として舞台上に繰り広げられる全ての表現は、客の持つセンスを満足させるか、圧倒しなければならない。殊に、戯曲の構成や言葉遣いは俳優の努力ではどうにもならない部分である。僅かでも「自分の方が巧く書ける」、「自分にも書けそうだ」と感じさせてはならない。この雑念は感受を薄れさせるのみならず、有料の公演であれば怒りすら生むことがある。無論「自分には書けない」と思わせることが目的にはなり得ないが、客が優越感を懐いてしまうことにメリットは何もない。
2005年04月13日
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