2006年04月20日
第5回「只今公演中」
今回もあれよあれよという間に小屋入りの日を迎えてしまった。
過去3回を振り返ると、大航海時代のスペイン〜日本、第二次大戦中のオランダ、邪馬台国、と異世界にばかり旅してきたので、今回は実に久々の現代劇となる。
現代劇だからこそリアリティを重視したい、と稽古の初期の段階で役者の声が上がった。それから、リアルって何さという話にもなった。リアリティを気にし過ぎて、単に脱力して流してしまう役者もいた。
稽古で感じたことを一口に言ってしまえば、リアリティとは高い集中力が支えるものだった。それから、本当に抗いようがないくせに重い領域として、役者の才能と脚本(脚本の絶対的レベル、あるいは役者との相性)である。
舞台美術は、例によってハッタリかませていない。この点はバッコスの祭の課題だと、もうこれは認めざるを得ない。それでも少しは粋がってみた。
殺陣は前々回『アンネに恋をした男』以外、何となくいつもやってきた。別に殺陣集団にしたいわけではなく、殺陣で戦って勝ち上がれる気はしない(多少は勝てるだろうと密かに思っているが)。
しかし、何しろ僕にとって殺陣は純粋にエンタメなのだ。エンタメとして演劇を作ろうとはしておらず、エンタメは演劇に内包したい要素の一つに過ぎないのだが、そこへいくと殺陣は便利だ。
音楽は“ピアノ縛り”にした。ピアノのソロに縛ろうかとも思ったが、流石にそれでは何だか締まらなかったので、とにかくピアノが使われている曲を使うことにした。開場から終演まで、全ての音楽にピアノが入っている。
「歴史上の事物を媒介に」ということで、今回の媒介には約一世紀の隔離の歴史を持つハンセン病問題を選んだ。「歴史上の」というには、あまりにも現代に近過ぎる題材だったかも知れない。2003年の黒川温泉ホテルの事件が物語るように、今に続いているものだった。
「人は何故生きるのか」を、テーマだけ言うとまったく青臭くて嫌になるが、考えた。涙を誘いたいだけだったら人を愛するためだとか、そういう風に運べばいい。もしくはお定まりの「理由なんてない」とか「迷いながら探すものだ」とかという手もある。
でもそうはしなかった。確固たる理由を求める、あくまでも個人を描いた。どのような反響があるか、仕込みは毎度の通りいっぱいいっぱいだろうが、今から幕開けをとても楽しみにしている。


