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2015年06月30日

読書:村上春樹『海辺のカフカ・上』

村上春樹って一種のジブリなんだな。
と、今頃になって気付く。

自ら切り拓いていくというより、こう生きるしかないという人生観。
主人公たちはかなり能動的なのだけれども、あくまでも、個人の力ではどうにもならない構造の支配下にいる。
そんな中で、フェミニスト二人組と戦うところが強く印象に残った。
珍しく、「怒り」が、そこにあった。

bk.36


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2015年06月29日

観劇:爬虫類企画『潜入偽装ファミリア』

2013年10月の『ペアレントジャーニー』は面白かった。
だいぶ間が空いて、2度目の爬虫類企画。
今回はまったく面白くなかった……

何と言うか、野性味が失われて、無難になってしまった。
それでウェルメイドになればいいのだろうけれどそうとは言えない。
物語も言葉も薄味で個性がない。

演技(演出の要求であろう)も好きじゃなかった。
客席に対して体開き過ぎで学芸会っぽい。

見せ場っぽいところの演出もまったく力が入っていなかった。
二本立て(『ヴィランの沼に咲く』との)が悪い方向に作用したのでは。

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2015年06月28日

劇作家協会「月いちリーディング」南出謙吾『ずぶ濡れのハト』

月いちリーディング初参加。
こんなに人が集まるとは、そしてこんな有意義な会だとは知らなかった。

比べちゃ悪いが、下北沢の某演出家コンクールの審査会よりレベルが高かった。
プロばかりなのだからあちらの方が優れていてほしいが。

月いちリーディングは、まずいわゆるリーディング公演が披露され、その後一般参加者を交えたラウンドテーブル(自由なディスカッション)となる。

今回はそもそも、南出さんの作品のポテンシャルが高かった。
会話が巧い。
構成も良く出来ている。

ゲストも一般参加者も、作品の魅力を理解し、高めていこうという雰囲気があった。
それは作品の力でもあり、南出さんの人柄、誠実さによるものでもあった。

活発に意見が出て、最終的には課題が明確になった感じでまとまった。
毎回こうなのだとしたら凄い。

月いちリーディングには今後もできる限り参加していきたい。
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2015年06月27日

再会

台本を書く合間に、村上春樹の『海辺のカフカ』を読んでいる。
まだ序盤である。

さくらさん登場。
ほら出た、と僕は思う。
村上春樹には(もう「村上春樹には」と書く)すぐ女が寄ってくるのだ。
水が低きに流れるが如く。

僕に村上春樹をすすめてくれる知人は、はっきり言ってとてもモテる人だ。
彼には、僕がなんで女のことでいちいち引っかかるのか、きっと理解できないだろう。
否、推し量れはするだろうけれど、共有はできないだろう。





顔かたちに恵まれなかった人は、多分、大抵は学生時代にそのコンプレックスを克服する。
否、克服できたことにする。
「顔かたちが悪いこと」よりも「卑屈になること」の方がより大きなマイナスだと学ぶからだ。
卑屈さというものは一個人の性質に留まらず、どうやら公害になってしまうらしいのである。
やがて、自分が思っているほど顔かたちが人生の重要項目ではない(正確には、そうではないことにして差し支えない)ということを理解する。

顔かたちが性的魅力の大部分を占めるという考え方もナンセンスであろう。
大変整っているのに何故かびっくりするほどモテないという人もいるだろう。
だが「性的魅力とは何か」まで考え始めると話が広がり過ぎる。
要するにモテる人はモテるということであり、彼らの顔かたちは「少なくとも悪くはない」。
(顔かたちだって後天的要素が相当ある、ということもいっそここでは考えない)

どうやら、人生においては、すっかり忘れた頃に、コンプレックスと再会することがあるらしい。
(村上春樹を読んでいて、ではない。
再会のきっかけはまったく無関係なところにある。
ただ、この記事を書こうと思ったきっかけが村上春樹だ)

再会してしまったことで、途端に不幸になったわけではない。
書きたい原稿がたくさんあるし、原稿を書くにあたって顔かたちはまったく影響を及ぼさない。
ただ、ある人(人々)と僕は、僕が思っていたよりずっと距離が離れていたらしいのである。
そのことに僕は少なからず動揺した。

ボクサーにとってアッパーカットは特別難しいことではない。
(勿論アッパーカットという技術を突き詰めれば限りなく奥は深いが)
左手で文庫本を読みながら右手でアッパーを振ることも可能なはずである。
しかし「アッパーの軌道で拳を振る」という動作は、やってみると意外に難しい。
体重がうまく乗らないのである。
ワークショップで、未経験からいきなり鋭いアッパーが振れる女の子に、僕は出会ったことがない。

その人(人々)にとってはさして難しくないことが、僕にとってはとても難しい。
生活の中に、その動作が入っていない。
ということが言いたくて、アッパーカットの喩えを出した。
打てる人たちは「大騒ぎするようなことじゃない」と言う。
その「位置づけの低さ」が、打てない方にとっては余計に高い壁となる。

ところが僕は、結構(人に言わせると異様に)ポジティブで、この度の再開も前向きに捉えている。
「もっと歳取ってからじゃなくて良かった」と。
いつか来るものなら、今で良かった。

先日、台所の天井が崩落したことについても、いつか落ちるなら今で良かったと思えた僕である。
出来事はどんどん起こった方が、地球がびゅんびゅん回ってくれる。
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2015年06月26日

観劇::Aqua mode planning:『AMP THE PAVILION:002』

初日のアフタートークにお招きいただきました。
ありがとうございました。

自分のスタイルとして、このブログでも率直な感想を書かせていただきます。
松本隆志さん、今後ともよろしくお願いします。

◇あとの祭のまえ
最初の長台詞、生活感があって良かった。
逆に、全3演目を通じて、この最初の長台詞ぐらいしか生活感を感じられなかったのは残念。
演技について、ちょいちょい不自然だった。
激怒しているはずなのに足がついてきていない、とか。
あと、二人で居て、相手が何か決定的な言葉を発した時、果たして人は「そちらを見る」だろうか?

◇犬では無理がある
対話がかなりゆっくりで正直言ってダレてしまった。
丁寧に話しているというより、設定されているギアが低い。
現代人はあの二倍のテンポでも丁寧に話せるはず。
そして第三者(観客)にもそれを聞き取る耳はあるはず。
キャラクターがみんな類型的なのもダレてしまった一因。

◇Range finder
これが一番面白かった。
演者・観客に対して、言葉というものを意識させる強制力がある。
若い役者さんは、稽古場上演とかででも、一度この脚本を体験してみると良いと思う。
ラストは、手が伸びて、触れる直前で暗転してほしかった。
「そういうわけではなかった」っていう可能性が残っていた方が深みがある。

st.21
posted by 森山智仁 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月25日

映画:岩井俊二監督作品『花とアリス』

素敵な映画だった。
みずみずしい。
音楽もいい。

嘘について。
人は、相手を傷つけない為とか、自分が傷つかない為、すなわち「守り」の嘘なら、結構平気でつく。
(自分を傷つけない為に相手が嘘をついた時などは、感謝しなきゃいけなかったりもする)
ところが本作で放たれる嘘は、自分が得をする為でしかないのである。
こんな「攻め」の嘘、なかなか見られるものではない。
生きる力を感じる。

とは言え、どんな嘘でも相手を傷つけるなら許されはしない。
本作では結果オーライ。
男女が逆だったらオーライじゃなかっただろう。
不思議じゃないけど、不思議だ。

というか、あんなリラックスして長時間一緒にいられるんだから、嘘なんかなくても良かったんじゃない?
世間ではそのぐらいの異性って珍しいものではないということなの?
あっしにゃわかりません、っつって。

宮本くんが結局そっちを選んだのが何故なのか、ちょっと疑問が残った。

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posted by 森山智仁 at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

読書:又吉直樹『火花』

すっごくよかった。
熱かった。
芥川賞候補としてノミネートされたそうだが、僕はこれが受賞なら嬉しいと思う。
他の読んでないけど。

主人公の考えていることが、するすると伝わってきた。
それはもちろん言葉で書いてあるからだが、書き方がとにかく上手い。
超頭いい。

クライマックスの最中、自分の彼女の話が一瞬出たとこだけ、強烈な違和感があった。
感謝を伝えたいのはわかるけど、唐突過ぎ。

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posted by 森山智仁 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

観劇:3.14ch『ムランティン・タランティーノの大冒険』

装置が異様に動くところとか、中島らもさん登場のところは面白かった。
あと燃えるゴミの使い方は上手かった。

人間生きてりゃ色々ある。
脚本家が、プライベートで、脚本にぶつけたくなるような辛さを抱えることはある。
思い切ってぶつけることで芸術が生まれることもあるだろう。
だがこの作品はそこまで昇華されていない。
少なくとも僕はそう感じた。

リフレインする言葉に面白味がない。
「来てほしくないの。わかるでしょ」とか、別に、普通。
恐らく脚本家本人にしかわからない特別さがあるのだろうけれど、こちらは知る由もない。

もっと表現として練られていて、上演時間が1時間ぐらいなら、こういうことやってもいいと思う。
尚、もしプライベートのカオスを舞台に載せたのでないのなら、理解不能としか言いようがない。

st.20
posted by 森山智仁 at 03:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月21日

映画:デヴィッド・E・タルバート監督作品『悪党にもラブソングを!』

いかにもB級っぽいタイトルだけど、割と良かった。

各エピソードやキャラがちょっとずつ地味?
というか必然性に欠ける?
何か物足りないような気もするが、十分オススメできる作品。

アイス・キューブがすごくいい。
どことなく厭世観が漂い、セクシーで、知的。

シャツ入れるシーンと、エアコン直すシーンが好き。
ラブロマンスに行っちゃわないのがいいよね。
いらないからね、そういうの(・∀・)

mv.31
posted by 森山智仁 at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月20日

拝啓 安倍晋三様

私は東京で劇団を主宰している者です。
過去、戦争と平和についての作品をいくつか発表してまいりました。

政治家の皆さんほどではないと思いますが、私も私なりに、どうすれば平和は守られるのか、ずっと考え続けてきました。
その問いはどこかで終わることはなく、今も考えている途中です。
「今」の時点で私は、平和主義者にしては「備える必要性」を感じている者です。
そんな平和主義者はいない、と誰かに叱られるかも知れませんが。

「安倍首相は戦争をしたがっている」。
そういう言説をしばしば耳にしますが、私はあまりそうは思いません。
勝手な思い込みであれこれ言われるのはさぞかしお辛いだろうとお察しします。

戦争をしたがる人間というのは、本当に稀にしかいません。
メリットが何もないからです。
メリットが何もない、ということは少し考えれば誰にでもわかります。

では、戦争をしたがっているわけではないと、相手に理解してもらうには、どうすれば良いでしょうか?

最近、「相手を傷つけたくないという思い」は、恐ろしいほど伝わるものだということを知りました。
それはどんな言葉より説得的なものです。
圧倒的です。

あなたが、あまり関係性の良くない他国の首脳とお話しする時、「傷つけたくないという思い」を、常に胸に抱いていてください。
思うことが大切です。
きっと伝わります。

この人は私のことを傷つけたくないのだ、と理解できた時、人間は、その相手を傷つけることもできなくなります。
自分を大切にしてくれている人を傷つけることは、誰より自分自身の心に痛みを与えることだからです。
無論、例外も確かにあり、それ故に、「備える」必要はあると私は思うのですが。

戦争をしたくはないという思いが、みんなに伝わることを願います。
posted by 森山智仁 at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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