僕にとって冬は鼻血の季節です。
いきなり何を言い出すんだこいつはとお思いでしょうが、これは実に深刻な真実なのです。
よって、冬場はティッシュを手放せません。
鼻血の原因には、「1.チョコレート食い過ぎた」「2.何かえろいこと考えた」の二者が確固たる権威をもって君臨しています。
しかし僕はチョコレートの消費量もえろさも恐らく人並み程度であり、故にこれらは僕の鼻血とはまったくの無関係です。
もとい、長年冬場に鼻血を噴き続けた結果、僕は既に一つの結論に辿り着いていたのでした。
すなわち、僕の鼻血は温度差に起因するのです。
冬の寒い日、寒い寒いと厚着で出掛け、ところが屋内に入ると暖房効いてるもんだから体温が一気に上昇し、鼻腔内の毛細血管は脆くも引きちぎられてしまう、というのが僕の鼻血パターンだという見解は、もはや定説になりつつあります。
つまり僕の鼻血はえろさのせいではない、ということをここで改めて強調しておきます。
さて、突如として冷え込んだ3月のある日、僕はポロシャツにセーター、さらにコートという自分的にはほぼ最強の重装備で、中央線下り高尾行きに乗り込みました。
案の定暖房が効いていて車内は暖かく、むしろやや暑いと感じたのですが面倒だったのでそのままの服装で『三銃士(下)』を開き、読み耽りました。
電車が立川に着くと人々はわらわらと降りていって、席が空いたので僕は素早く座り、機嫌良く本を読み続けました。
僕の向かいにはちょっとヤンキー系(?)のカップルが着席しました。
しばらくの後、僕は異変に気付きました。
鼻血です。
僕はほとんど反射的に鼻を手で力強くつまみつつ、反対の手でティッシュを取り出しました。
鼻血の正しい止め方は、ティッシュを突っ込んで放っておく、というのではなく、鼻の上の方を強く押さえて下を向いている、というものです。
しかし鼻をつまむ時に若干の血が鼻の下や手などに付着したようだったので、僕はあくまでもそれを拭き取るためだけにティッシュを鋭く尖らせ、鼻の穴に突っ込みました。
その時です。
ぴろりんという電子音を僕は確かに聞きました。
「ん?」と思って音のした方に目をやると、なんと例のカップルの女の方が、ケータイのカメラをこちらに向けていたではありませんか!
さらには、小さな声だったのでよく聞き取れませんでしたが、二人の会話からは
「鼻血」
「ティッシュ」
「懐かしい」
という3つのキーワードが拾い上げられたのです。
僕は即座に「撮られた!」と思いました。
そして今の写真を友達にメールで送って一緒に楽しもうとしているのだと、二人のケータイをいじるにやけた顔から判断しました。
件名は「マジうけるんだけど」、本文は「懐かしの鼻血ブッシュ大統領、ティッシュで果敢に応戦」といったところでしょう。
僕の怒りの炎はめらめらと燃え上がり、危うく鼻血に引火して爆発するところでした。
そう言えば僕はちょうど本を手にしているのであり、鼻血を噴き出している以上、これがえろい類の書物だと勘違いされても不思議はありません。
違う!
俺はえろ本読んで鼻血出してるんじゃない!
これは『三銃士(下)』だ!
つーか撮るなよ!
と頭の中でわめき散らしながら、僕はロシュフォールに愛馬を罵倒されたダルタニャンさながら、正面の二人に対して真面目に復讐を考えました。
稽古の帰りだったので、ちょっとした武器も所持していたのです。
相変わらず左手で鼻を押さえつつ右手ではリュックの中にあるその武器を握り締めてみましたが、しかし僕が盗撮されたという確証はないのです。
「ぴろりん」もカメラとは関係ないただの操作音かも知れないし、ただケータイいじるだけでもカメラはこっちを向くことになるし、拾い上げられたキーワードもただ話をしただけで写真にまでは撮ってないのかも知れません。
僕は困りました。
さぁどうするどうする。
撮ったのか撮ってないのか。
撮ってたとしたら許し難いが違ってたらどうしよう。
と、困っているうちに、電車は八王子の駅に到着してしまったのです。
その頃ようやく鼻血は止まり、僕は憤然としつつ電車を降りたのでありました。
皆さんも鼻血の際にはお気をつけ下さい。
特に出そうな時の読書は避けましょう。


